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小さなしあわせ。

こんばんは~こくうです。

今日はシーシュポスの神話(カミュ著)

の冒頭の一節を

神々がシーシュポスに課した刑罰は、休みなく岩をころがして、

ある山の頂まで運び上げるというものであったが、

ひとたび山頂にまで達すると、

岩はそれ自体の重さでいつもころがり落ちてしまうのであった。

無益で希望のない労働ほど怖ろしい懲罰はないと神々が考えたのは、

たしかにいくらかはもっともなことであった。


この神話について、よく知らなかったのですが

読んでみると面白い話だと思いました。

意味のない事を繰り返す苦痛

そこには何の達成感もなく

誰も気に止める事もない。

やっとの思いで頂上に到達しても

そこから一気に転げ落ちる岩を見た時

シーシュポスは一体何を思うのでしょうか?

自分が許せなかったでしょうか。

怒りに震えていたでしょうか。

…やがて諦めて思考を止めたでしょうか。


単調で過酷な罰の中にも喜びがあると思います。

転がり落ちる岩を見つめる時

その間、体に負担はありません。

だんだんと体躯も屈強になり

押し上げる事が楽しく感じるように

なるかもしれません。


岩を相手にすることで

自分とより深く向き合いある種の悟りが

開けるかもしれません。

自分が何者であるか

はっと気付くかもしれません。

その時にはもうシーシュポスにとって

罰ではなく幸せなのかもしれません。


私がそう思えるようになるには

まだまだ登らなければ成りません。

どんな環境も受け取り方、

覚悟の質だと気付かされました。

でわでわ!

いつも応援頂きありがとうございます。




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雑記

Comment

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  • 2013⁄06⁄16(日)
  • 21:54

わっ!鍵コメさんコメントありがとうございます^^。


はい!是非!
  • 2013⁄06⁄16(日)
  • 23:25

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